

人が死亡すると、その人が保有していたプラスの財産やマイナスの財産を一定の人が引き継ぐことになります(民法第896条)。
これを「相続」といいます。
第896条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
「相続放棄」とは、このような相続の効果が発生することを拒否することをいいます。
相続放棄によって、被相続人(亡くなった人)のプラスの財産もマイナスの財産も引き継がないことになります。
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相続放棄のメリット・デメリット
被相続人にマイナスの財産しかない場合などに相続を強制するのは相続人に酷といえます。
相続放棄制度は、相続人に相続するかどうかの選択肢を与え、相続したくない場合にこれを拒否する自由を保障するものです。
相続が開始する原因は人の「死亡」です(民法第882条)。
第882条 相続は、死亡によって開始する。
ここでいう「死亡」には次の3つが含まれます。
・自然死亡
・認定死亡
・失踪宣告
自然死亡とは、人の生命活動が停止することを意味し、世間一般でいう「死亡」と同じ意味です。
実務上は、戸籍の記載に従って判断されます。
水難や火災などによって死亡したことが確実であるものの、死体を確認できない場合には、官公署が死亡を認定し、戸籍に死亡の記載がなされます(戸籍法第89条)。
これを「認定死亡」といいます。
第89条 水難、火災その他の事変によって死亡した者がある場合には、その取調をした官庁又は公署は、死亡地の市町村長に死亡の報告をしなければならない。但し、外国又は法務省令で定める地域で死亡があったときは、死亡者の本籍地の市町村長に死亡の報告をしなければならない。
戸籍に死亡の記載がなされることで、記載された年月日に死亡したものと扱われます(最高裁判所昭和28年4月23日判決)。
不在者が生死不明となった場合、一定の条件の下、家庭裁判所は利害関係人の請求に基づいて「失踪宣告」をすることができます(民法第30条)。
失踪宣告により、その人は死亡したものとみなされます(民法第31条)。
第30条
1 不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。
2 戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。
第31条 前条第一項の規定により失踪の宣告を受けた者は同項の期間が満了した時に、同条第二項の規定により失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす。
相続放棄をすると、その人は初めから相続人とならなかったものと扱われます(民法第939条)。
第939条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
相続放棄の効力は絶対的で誰に対しても登記などがなくても効力が生じます。
最高裁判所昭和42年1月20日判決
「所定期間内に家庭裁判所に放棄の申述をすると…相続人は相続開始時に遡ぼって相続開始がなかったと同じ地位におかれることとなり、この効力は絶対的で、何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずる」
相続放棄の結果、他の相続人の相続分が増えたり、相続人ではなかった人が相続人になったりすることがあります。
他の相続人の相続分が増えるケースとして、たとえば次のような事例が考えられます。
【事例】
・相続人は配偶者Xと子Y
・被相続人の直系尊属(父母、祖父母など)、兄弟姉妹で存命している人はいない
・Xが相続放棄をした
相続放棄前のXとYの相続分はそれぞれ1/2です。
ところが、Xが相続放棄すると、Xは初めから相続人とならなかったものと扱われます。
その結果、相続人はYのみということになり、Yの相続分は1(100%)に増加します。
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法定相続人とは?
相続人ではなかった人が相続人になるケースとして、たとえば次のような事例が考えられます。
【事例】
・相続人は配偶者Aと子B
・被相続人の父Cが存命
・Bが相続放棄をした
相続放棄前の相続人はAとBです。
ところが、Bが相続放棄すると、Bは初めから相続人とならなかったものと扱われます。
その結果、第1順位の相続人がいなくなり、第2順位の相続人である父Cが相続人となります。
なお、この場合の相続分は、Aが2/3、Cが1/3です。
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相続放棄できる期間は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内です(民法第915条第1項本文)。
第915条
1 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
この3か月の期間のことを「熟慮期間」といいます。
次の事由があると、相続を承認したものとみなされて、相続放棄できなくなります(民法第921条各号)。
・相続放棄前に相続財産を処分したとき(保存行為、短期賃貸借を除く)
・熟慮期間内に相続放棄しなかったとき
・相続放棄後に相続財産を隠匿し、私にこれを消費したとき(その相続人が相続放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後を除く)
これを「法定単純承認」といいます。
相続放棄を希望する場合、法定単純承認とならないよう注意が必要です。
相続放棄は家庭裁判所に相続放棄申述書を提出することによって行います(民法第938条、家事事件手続法第201条)。
相続放棄は法律の定める一定の方式に従って行わなければ無効となる要式行為とされています。
したがって、それ以外の方法で相続放棄の意思表示を行ったとしても、相続放棄の効力は生じません(大審院大正6年11月9日決定)。
相続放棄申述書には、次のような事項を記載します(家事事件手続法第201条第5項、家事事件手続規則第105条第1項)。
・当事者及び法定代理人
・相続放棄する旨
・被相続人の氏名及び最後の住所
・被相続人との続柄
・相続の開始があったことを知った年月日
・相続放棄の理由
・相続財産の概略
相続放棄申述書の書式は、裁判所ホームページに掲載されています。
書類の提出先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です(家事事件手続法第201条第1項)。
裁判所の管轄区域は、裁判所ホームページで確認することができます。
裁判所ホームページ
裁判所の管轄区域
なお、書類は裁判所の窓口に直接提出するほか、郵送で提出することも可能です。
相続放棄申述書を提出する際には、次の書類を添付します。
| 相続放棄する人の立場 | 添付書類 |
|---|---|
| 被相続人の配偶者 |
①被相続人の住民票除票又は戸籍附票 |
|
被相続人の子 |
①被相続人の住民票除票又は戸籍附票 |
|
被相続人の直系尊属 |
①被相続人の住民票除票又は戸籍附票 |
|
被相続人の兄弟姉妹 |
①被相続人の住民票除票又は戸籍附票 |
同一の被相続人に関する相続放棄等が先行している場合、その手続きで家庭裁判所に提出済みの書類は添付する必要はありません。
また、事案に応じて追加の書類提出を求められることもあります。
申述に必要な費用は、相続放棄する人1人につき収入印紙800円と各家庭裁判所の定める郵便切手です。
相続放棄の申述をすると、家庭裁判所から「照会書兼回答書」といった書面が送られてくることがあります。
この書面には、相続の開始を知ったのはいつか、相続財産を処分したことがあるかなどの質問が記載されており、各質問に回答を記入した上で家庭裁判所に提出する必要があります。
特に問題がなければ相続放棄の申述が受理され、「相続放棄申述受理通知書」が発行されます。
相続放棄申述受理通知書は、特に申請をしなくても家庭裁判所から送られてきます。
なお、相続放棄申述受理通知書の再発行は認められていません。
相続放棄の申述が受理されたことを正式に証明する書類が「相続放棄申述受理証明書」です。
相続放棄申述受理証明書は、家庭裁判所に申請しなければ発行されません。
手数料として収入印紙150円が必要となります。
相続放棄が受理されず、申述却下の審判がなされた場合、即時抗告により不服を申し立てることができます(家事事件手続法第201条第9項第3号)。
即時抗告は、審判をした家庭裁判所に抗告状を提出する方法で行います(家事事件手続法第87条第1項)。
即時抗告の期間は、審判の告知を受けた日から2週間以内です(家事事件手続法第86条)。
裁判所ホームページ
即時抗告
なお、申述受理の審判に対しては即時抗告できないと考えられています。
大阪高等裁判所昭和38年10月1日決定
「相続放棄の申述受理については…即時抗告は許されないものと解するを相当とする」
相続放棄が受理されると、熟慮期間内であっても、撤回することはできません(民法第919条第1項、最高裁判所昭和37年5月29日判決)。
第919条
1 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
最高裁判所昭和37年5月29日判決
「一度受理された相続放棄の撤回は許されない」
一方、相続放棄申述書を提出した後であっても、受理前であれば、撤回(取下げ)することは可能です。
なお、騙されたり(詐欺)、脅されたり(強迫)して相続放棄したような場合には、相続放棄を取消すことができます(民法第919条第2項)。
相続開始前にあらかじめ相続放棄しておくことはできません。
たとえば、相続開始前に相続放棄の合意をしても効力は生じません。
東京家庭裁判所昭和52年9月8日審判
「現行法は相続開始後における家庭裁判所に対する相続放棄の申述制度を…もうけているが、生前における相続放棄ないし放棄契約については明文の規定を置いていない。このため、生前における相続放棄ないし放棄契約はこれを否定するのが通説及び判例の傾向のように看取される」
相続放棄の受理は、相続放棄の効力を確定するものではありません。
したがって、相続放棄が受理されたとしても、債権者は民事訴訟でその効力を争うことができます。
最高裁判所昭和29年12月24日判決
「家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するには、その要件を審査した上で受理すべきものであることはいうまでもないが、相続の放棄に法律上無効原因の存する場合には後日訴訟においてこれを主張することを妨げない」
ただし、実際に債権者が相続放棄の効力を争うケースは多くはないと思われます。
相続放棄に条件や期限を付けることは認められていません。
相続放棄は全ての財産が対象となります。
マイナスの財産のみを対象とするなど一部の財産のみを放棄することはできません。
系譜、祭具、墳墓などの祭祀財産は相続財産に含まれないため、相続放棄の対象にはなりません。
| 系譜 | 家系図など |
|---|---|
| 祭具 | 位牌、仏壇・仏具、神棚、十字架など |
| 墳墓 | 墓石、墓碑、墓地など |
祭祀財産は祭祀主宰者が承継します。
祭祀主宰者は、被相続人の指定、指定がないときは慣習、慣習が明らかでないときは家庭裁判所の審判によって決まります(民法第897条)。
なお、祭祀財産を承継したとしても、祭祀を行う義務を負うわけではないと考えられています。
宇都宮家庭裁判所栃木支部昭和43年8月1日審判
「祖先の祭祀を主宰する者と指定された者は死者の遺産のうち系譜、祭具、墳墓のように祭祀に関係あるものの所有権を承継する…ことがあるだけでそれ以上の法律上の効果がないものと解すべきである。すなわちその者は被相続人の道徳的宗教的希望を託されたのみで祭祀を営むべき法律上の義務を負担するものではない」
相続放棄は、3か月という短い期間で手続きを行わなければなりません。
不備があると相続放棄できなくなる可能性があります。
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